命の輝きを

「じゃ、次はこれ食ってみようかなぁ……」
今日もしがなくセコセコと、しかし確実に働いた後に食べる夕食はとても美味しい。
それが、里香と一緒に食べる里香の手料理ならなおさらだ。
……僕はお皿からロールキャベツを箸でとり、自分の口の中に頬張った。
途端に、キャベツの中に封じ込まれていた旨味が僕の口の中にジュワッと広がる。
どこからどこまで自力で調理したのかはわからないが、
出来たてホヤホヤということもあってとにかく旨く感じた。
おかげでご飯も進む進む。
「う〜ん、旨い。このロールキャベツ!
 里香、いつの間にこんなの作れるようになったんだ?」
僕がロールキャベツのおいしさに素直に驚いてそう聞くと、
テーブルの反対側に座って食べている里香は笑って返す。
初めて出会った頃と全く変わらぬ色の瞳が、誇らしそうな色を帯びる。
「ふふ、私だってちゃんと研究してるんだから。
 あ、お代わりはたくさんあるからどんどん食べてね?」
「へー、どの位?」
里香はペアのコップで牛乳を飲んだあとこう言った。
「だいぶ」
「なら、明日の朝も食べられそうだな。作り過ぎじゃないか?」
里香のはりきりが心配という訳ではないが、ついつい小言を言ってしまう。
すると里香は意に介さないといった風に話題を変えた。
「別に良いじゃない、美味しいんだから。
 私はお昼ご飯もこれかもね」
里香はロールキャベツのことを指してそう言う。
話しながらも、僕と里香はモグモグと食べ進めている。
「残り物が昼飯か……ありがちだな」
僕が相づちを打つと、里香も同じ調子で返してくれる。
「我ながらおいしいからいいけどね」
「俺は、明日の昼飯なんだろうかな……」
僕が自分の明日の昼食のメニューを思い浮かべると、情けなくなる。
「…………また牛丼並盛りかなぁ……?」
僕がそう言うと里香は急にニコニコとして、嬉しい提案をしてくれた。
「そんなに牛丼がいやなら、お弁当作ってあげよっか?
 裕一って大食いってワケじゃないから、間に合うと思うし」
「マジで!?」
夕食の余り物を上手く工夫して作ってくれた、
職場で食べる里香の愛妻弁当を想像して僕はとても嬉しくなる。
里香は自慢するような感じで、なおも話し続けた。
あまり大きくならなかった胸を張っている。
「うん。最近ママに教わったのよ。
 『旦那さんが喜ぶようなお弁当の作り方教えてあげる』って。
 だから試してあげるね?」
「………うれしいな、そういうの!」
里香の言葉に、今度は涙が出るほど僕は嬉しくなった。
里香の作ってくれる、愛妻弁当だって!?
それに加え、里香のお母さんも随分冗談が通じるようになったものだという感慨すらある。
「嬉しいんだ? 裕一」
「嬉しいよ。やっぱり手料理が一番なんだからさ………あー楽しみだな」
「裕一、子供みたいだね〜〜おかしいよ」
「いいじゃないかよ。弁当なんて初めてで嬉しいんだから」
僕がなにやら遠足のお弁当を楽しみにしている小学生のようなことを言うと、
里香は急にその雰囲気を現実的な言葉で打ち破った。
「あ、冷めちゃうからご飯早く食べてよ。
 暖かいうちが一番美味しいんだから」
里香に言われて僕は、僕と里香の分の夕食の残りを比較する。
僕はロールキャベツとご飯ばかり食べていたせいで全体の三分の一程が残っているのに、
里香はバランス良く食べ進めていたせいでもうほとんどのお皿がカラになっていた。
「あ、ごめん……」
僕は夕食の残りを急いで、しかし出来るだけ味わいながら食べ始めた―――

――――夕食が一通り済ませ、僕と里香は共同で片付けを終えた。
その片付けの最中に里香が、
『新婚の時期が終わっても、奥さんの家事を手伝ってくれる旦那さんがいると嬉しいなぁ』
と僕を褒めてくれたので、仕事で疲れているにしては張り切って作業をした。
だけどよく考えたら、僕は里香に上手いこと乗せられてしまったんじゃないだろうか……?
……まぁいいか。うん。
そして、僕と里香はテーブルについて何をするでもなくテレビを見ている。
何をするでもなく、というのが今の僕にとっては重要に感じられる。
こういうのないつもの風景なので慣れっこだったが、
なぜかたまに真面目なことを考えてしまう。
初めて出会った頃は、里香は普通の生活は送れないんじゃないかと当然のように思っていた。
それが今では、里香は立派に僕と結婚し、こうやって一緒に生活をしている。
初めてのことばかりで戸惑っていたこともあったけれど、
……僕はこれからもずっとずっと里香を護って生きていくんだ。
こんなにも素晴らしいことが他にあるだろうか……?
僕はそんなことを考えながら、大きくはないテレビのブラウン管を見ている里香の横顔を
幸せな気持ちでふと見つめていた。
すると僕の視線に気付いたのだろうか、良く整った顔が僕の方を向く。
何か言いたげな、けれど躊躇ってしまっている表情を里香は浮かべていた。
里香の生理が重い時の表情にも似てはいる。
それが気になり、僕は里香に問いかけた。
もし身体の調子が悪いなら、すぐにでも僕に知らせておいて欲しい。
「えっと……里香」
「……何?」
僕が先に話しかけて、里香が言いたいことを言えるようにしてあげたのに、
里香はつれない態度で容赦なく突っぱねてくる。
しかし、それでも里香が何を考えているのか知りたいのが僕だ。
「里香、なにか話すことがあるんじゃないか?」
「べ、べつになにも無いわよ」
そんなことを言って視線をそらしても、里香はやはり何かを僕に伝えたがっている。
こういう時、押しても駄目なら引いてみろと昔の人はことわざで残している。
僕もそれを実践した。
「ごめん。言えないこととか、たいしたことじゃないならいいんだよ」
「…………」
「いやまぁなんていうか、無理に聞き出しちゃ悪いよな。
 ごめん。この話しはもう無しで」
「………」
「うんまぁ、そういうことだからさ………」
「………」
僕が急に追求をやめたせいで、里香は少し戸惑っているようだ。
これなら、話さないの一点張りでは無くなるかもしれない。
しかし、だ。
「…………」
「…………」
状況は良い方向には流れているけれど、膠着状態にも陥ってしまった。
テレビから流れ出ている音声と、夜の寂しい町を走る自動車や
両数の少ない電車音が無くなれば、僕と里香の間は完全な静寂で満たされるだろう。
お隣さんからの騒音は、元々無いに等しい。
これが、僕と里香の生きる町の音の現状だ。
「…………ねぇ、裕一。 聞いてね‥‥?」
しばしの静寂の後、里香が急に話しかけてきたので僕は驚いた。
驚きながらも里香が僕に何か話してくれる気になったのが嬉しくて、
僕は里香の問いかけに快く首を縦に振った。
「うん、聞くよ」
僕の反応とは対照的に、里香はまだ多少の躊躇を口調に残していた。
「………びっくりしないでね?」
「うん」
僕は続けて里香に向いて肯いた。
すると里香は少し間を置いて、さほど大きくはないがしっかりとした口調で話し始める。
「あのね……。 ……私……わたし、ゆういちとの赤ちゃんがほしいの……」
ゆういちとの赤ちゃん……ゆういちとの赤ちゃん……ゆういちとの赤ちゃん……?
僕は里香の言ったことが半ば信じられずに、ひどく驚いた声を出してしまった。
「えっ、里香……!」
しかし、僕のそんな反応にも里香はひるまずにまくし立てた。
里香の漆黒の瞳には強気な光が宿り、口調には微塵の躊躇いも無い。
それでいて顔が紅潮しているのがとても可愛い。
「裕一、ワガママなのは分かってるよ……。
 裕一と私が一緒にいられるだけでもどんなに幸せかわからないよ! ………でも」
里香が紡いでゆく一つ一つの言葉が、僕の心が何かに浸されていくのを感じた。
「……里香」
「……病気でも何でも、好きな人の子どもだって欲しいよ……!!」」
こういうところを見ると、本当にこの人を好きになれて良かったと思える。
里香のその純真な意志によって、僕の心の中が温かい何かで満たされていくのが感じた。
そして僕も、この人との子供が本当に欲しいと思い始めていた―――――


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