〜これからずっと、いっしょに〜 中編

――――まるでお伽話の中の王女様のような雰囲気で、里香は僕の目の前で目覚めた。
実際は……わがままなお姫様という所だろう。
「……ふっ、ぅーーーん……」
里香は細い身体をグーッと伸ばしながら上体を起こして、
まだ開ききっていない目で僕の存在に気付いた。
「あ、裕一。おはよ〜」
少し間が抜けたような彼女の声も、普段とは違って可愛かった。
欠伸をいちいち手で押さえてるような所も好ポイント。……おっとそれどころじゃない。
「おはよ。よ、よく寝てたな」
僕は内心を気取られないように、里香に合わせるような口調で話した。
多分、大丈夫だろうと思った。
しかし、僕の誤魔化しなんて里香には通用しないんじゃないかという悪い予感がした。
なんせ相手が里香だから、顔を見られている内に何もかもバレてしまうんじゃないだろうか?
……僕は急に里香と目を合わせたくなくなって、彼女に背を向けて蛍光灯のヒモを引っ張った。
このタイミングでこの行動なら、別におかしくなんかないだろう。
パッチン。
夜の闇に覆われかけていた部屋に、明るく人工的な光が灯る。
やっぱり、明るいと落ち着くな……えーと、次は何をして誤魔化そうかな?
ああそうだ、せっかく淹れてきたコーヒーでも一緒に飲めばいいのか。
そもそも里香。……元はと言えばお前がコーヒー淹れてこいなんて頼んできたんじゃないのか!?
僕は自然と吹き出てくる本音を押さえながら、
勉強机の上に置いておいたトレーを取りにいこうとしてこう言った。
「……そうだそうだ、コーヒー飲むか? 俺がわざわざ淹れてきて――」
「いらない」
即答された……!いらない、と。 酷い。
それは無いだろうと僕は口を開こうとしたが、里香の方が早くその理由を述べた。
「だって、もう冷めちゃってるんじゃないの?」
「あ……」
確かに、それはそうだった。
出来たてから放置されたコーヒーは、今やすっかり冷めてしまっているだろう。
「私は暖かいコーヒーが飲みたかったの。冷めて出来たアイスコーヒーなんかイヤよ」
「うう……」
更に里香の追い打ちが加わり、僕は少し意気消沈した。
こんなことなら、思い切って里香を起こしておけば良かったな……。
僕がそういうことを後悔しながらベッドに座って里香のとなりに付くと、
今度は里香が不意に話しかけてきた。
「ねぇ……裕一」
「……なんだよ?」
チラリと視線を合わせた途端、里香がこんなことを言い放った。
「私が寝てる無防備なときに、何かしなかった?」
正に不意打ちである。
(ぐはぁっ……!!!)
素っ気ない口調で放たれたその言葉は、僕のちっぽけな脳を慌てさせるのに十分過ぎた。
もしコーヒーでも飲みながら話していたら、漫画みたいに口から吹き出していただろう。
それでもっ! ……僕が里香の頬を撫でてしまったということは、
せめて、彼女に見破られるまで秘密にしておくという方針に変わりはなかった。
「‥‥何もしてないぞ。コーヒー淹れて上がってきて、お前が起きるの待ってただけ」
僕は平常心を装って言った。何も矛盾がない発言だ。 OK、だいじょうぶ……
「うそ!」
「!」
里香のよく通る看破の声に、僕は顔も身体もギョッとしてしまった。
「ふふ……裕一、顔に考えてることが出やすいってよく言われない?」
里香は、実に楽しそうに僕に笑いかけた。少し意地悪な感情が滲み出ている笑顔だった。
もしかして僕は、里香のかけたカマに思いっきりかかってしまったのだろうか……?
「………」
これ以上下手に喋ると事態が悪化する一方だと思ったので黙っていたが、
里香は更に僕の取った行動の核心に迫ることを、既に知っているだろう。
そしてその予想は、やはり当たっていた。
「ほんとはね、裕一が最初に私のほっぺ撫でた時にはもう起きてた。
 でも、裕一がもっと何かしてくるんじゃないかって、寝たフリしてたのよ」
彼女は楽しくて仕方ないと言った感じで、こんなことをすらすらと言った。
僕の誤魔化しは、最初から破綻していたということだ。
自分の顔が少しずつだが確実に、赤く熱くなっていくのを感じる。
「た、狸寝入りかよ〜〜…‥‥普通に起きてくれればよかったのに……」
僕はバツが悪くなって、照れ隠しをするように言った。
バレてしまったのは恥ずかしいけれど、本当に嫌な気分にはならなかったのが救いだ。
里香も少し照れくさそうな表情になって、
「だって裕一、なんか凄くぎこちなく触ってきて面白かったんだもん。
 もったいなくてわざわざ起きられないよ」
と、僕をおちょくるようなことを言ってきた。
僕は恥ずかしいのと同時に猛烈にふてくされてしまい、ふくれながらつぶやいた。
「んなこと言ったって……勝手なヤツだ」
すると、里香は意地悪くニヤニヤ笑いながら僕の頭に手を乗せ、ポンポンと叩いてこう言った。
「……もう少し何かしてくれてもよかったんだよ? スケベな裕一さん?
 もしも襲われそうになったって、裕一相手なら大丈夫だもん。
 意気地なしだもんね? 裕一は」
『スケベ』、『意気地なし』などと言われたことで、
僕は里香への好意を傷つけられたように感じてしまった。
恥ずかしさが怒りに変わり、カーッと頭に血が昇ってきてしまい、
口から思わず汚い言葉が飛び出していた。逆ギレと言ってもいいだろう。
「なっ……!このわがまま女! 俺がスケベで意気地なしなら、
 里香は学校一の貧乳で、どうしようもないワガママ女だろうが!」
僕の言葉に、里香の表情が見る見る内に変貌していく。
「っ!?………こ、の‥‥!!!!」
(……しまった!)
僕がしまったと思って我に返った時には、里香の全身から怒りのオーラが湧き上がっていた。
彼女は額に青筋を浮かび上がらせ、僕の胸倉を掴んで激しくグラグラ揺らしながら怒鳴る。
「……ど〜せ、私はワガママでひ・ん・に・ゅ・う……ですよっ!!」
里香の怒った双眸が、僕の目と鼻の先を躊躇なく脅かす。
予想出来ていたといえ、里香の爆炎のような怒りの勢いに僕は気圧された。
同時に、ホントに申し訳ないとも思った。
けれど素直にすぐに謝ることも出来ずに、こんな中途半端なことを言ってしまう。
「おい、そんなに怒らなくてもいいだろ!そっちだって――」
僕が言葉を続けようか逡巡している隙に、里香は僕の胸倉から手を離していた。
「もういい!……ウチに帰る! 送ってくれなくていいからね!?」
里香はそう言ってベッドから立ち上がり、僕の部屋から出て行こうとする。
これじゃいけない。このままじゃいけない!
僕は自分の心に浮き彫りになっていく焦燥感や絶望感を押さえ込みながら、
必死に里香の肩の辺りを掴み、引き留める。
「ちょっ、ちょっと待てって……」
「バカ! もうやめてよ! 話すことなんかない!」
「……お、お願いだから、俺が悪かったから!」
僕に強く引き留められ、里香は邪魔だとばかりに手を振り払おうとする。
しかし、その力は少しずつ弱まっていった。
「もう…………!」
引き留められた里香は最初、僕の手を乱暴に振りほどこうとしたが、
僕の様子がよっぽど必死で悲愴的で気が咎めたのだろう、とにもかくにも、
なんとか部屋から出ようとするのをやめてくれた。
そして僕の目を真剣に見て、少し赤くなった目でこんなことを言った。
「裕一、謝りたいなら、ちゃんと謝ってよね……?」

つづく


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