山上祭二日目。
体育館では午後四時より演劇が行われていた。
テンションの高まる演劇部。ほぼ満員の客。
これ以上ない環境の中、
舞台はラストの結婚式のシーンを迎えようとしていた。
しかし、そんな中にいながらただ一人、
ここにいることを後悔している者がいた。
この舞台で主役を務める秋庭里香である。
里香は白いウエディングドレスを手にしてうつむいていた。

どうしよう…

里香はウエディングドレスをしばし見つめ、袖を通し始める。

別にウエディングドレスを着ることが嫌なわけではない。
むしろあたしは“花嫁“の役に惹かれて台本を手にしたわけだし。
不満はもちろん一つ。

ーーー相手が裕一じゃないことーーー

ドレスを着て並ぶだけならまだ良かった。
しかし、台本によれば抱き合い、腕を絡め、顔を近づける事になっている。

裕一の目の前で…

裕一はどう思うだろうか。怒るだろうか。
あたしが裕一のHな本を見つけた時のように怒り狂うだろうか。
もしそうだとしたら………
「秋庭さん?」
従者役の人に声をかけられ、里香は我にかえった。
「そろそろ出番ですけど…緊張してます?」
「…大丈夫。」
従者役の人と一緒に舞台袖まで向かう。
そこで待っていた演出担当の人があたし達に声をかける。

「いよいよクライマックスだから、張り切っていきましょう。」
一応頷いておく。逃げ出したい程嫌だったが。



舞台に出る直前、脳裏にふと保健室での光景が蘇ってきた。
「おまえの言うことだったら、たいていのことは聞いてやるからさ」
裕一の言葉。
いっそのこと言ってみれば良かっただろうか。

『舞台に王子様として出てほしい』

…やめておこう。もう過ぎたことだし。
今はそれよりも舞台を成功させることに力を尽くそう。
終わったら、適当に切り上げてすぐ裕一のところに行こう。
怒ってたら、ハッキリと謝ろう。
………許してくれる…よね。うん、多分。

里香は、舞台に足を踏み出した。





この後、里香は自分の心配が杞憂に終わったことを知る。
そして、嬉しさと恥ずかしさと照れ隠しのあまりとってしまった行動は
今年の山上祭一番の珍事となった。


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