里香…今行くからな……―――



――里香が死んだ
夏目の予測は正しかった。手術してから8年が経過していた。

高校を卒業した後、僕は地元の大学に進学し、里香の卒業を待って僕達は結婚した。
もちろんドレスは、文化祭の時のドレスだ。
大勢の人が祝福してくれた…僕達も、みんなも、幸せそうに笑っていた…

その後僕は、同じ大学に進学した里香と一緒に学生生活を楽しんだ。
そのままダブる事なく無事に卒業し、地元の会社に就職し、里香も一年後に無事卒業した。毎日が幸せだった。
でも、避けられない運命が迫っていた。

翌年の3月…里香は発作を起こし入院した。
全てが終わる時が近づいている…残りの時間を出来るだけ里香と過ごしたかった僕は、事情を知ってる上司に相談した。すると、特別に長期休暇をくれた。
早速病院に行き、里香にそれを話すと里香はゴメンと言った。でも、とても嬉しそうだった。

それからは毎日面会時間の許す限り病院に行った。
正直出来ることなら、ずっと病院に居たかった。いや…里香と離れたくなかったんだ。
家に一人で居ると不安でいっぱいだった。
それでも僕は少しずつ覚悟をしていった。


そんな生活が2ヶ月程続いたある日、いつもの様に病院に行き里香と話していると、ついに里香は大きな発作を起こした。


そのまま里香は…死んだ

本やドラマみたいに死ぬ間際に意識を戻す事なく、僕の目の前で苦しそうに発作を起こしそのまま死んだ。
病室は哀しみに包まれていた、みんな泣いていた。僕以外。
何故か涙が出てこない
――覚悟してたから?
いや…違う…まだ里香の死を認めていないだけだ。
だって、里香はまだそこにいる。まだ温もりもあるじゃないか。
認められるはずがない。

いつの間にか葬儀の日になっていた、沢山の人が来ていた。東京から司とみゆき、今は名古屋にいる山西もいた。
それ以外にも里香と親しかった高校、大学の友人なども来ていた。吉崎多香子と名前は思い出せないけど隣に背の低い女性の姿もあった。

みんなが哀しみ、泣いていた。僕以外。
僕の様子を見た人はきっと、ショックが大き過ぎて涙も出ないと、思っただろう。
でも違う…僕はまだ里香の死を認めていないだけだ。
里香はもう、人が生きてる証の温もりもない、まるで陶器の様だったが、それでも手を伸ばせば里香という存在に触れられる。
そう…里香はただ、眠っているだけなんだ。

ついに、里香を火葬する時がきた。
棺が閉じられる、そして、あの扉が閉じられたら秋庭里香という存在はこの世界から完全に消える。

いきなり心臓の鼓動が速くなった。呼吸も苦しくなった。
そのまま僕はトイレに逃げ込み、一人で震えていた。

ずっと震えていると、司と山西が僕を呼びにきた。
正直行きたくなかった…けど、行かなければならない。

――吐き気がした。
目の前にあるのは、ただの骨、里香の特徴であった長い髪も整った顔もないただの骨。
目の前にあるのは、里香であって、里香ではなかった。
脚に力が入らない。震える手で骨を骨壺に入れた。

家に帰ると、写真の中で里香が笑っていた。
一晩中それを眺めていた。
そして、淋しさを紛らわす為に部屋中に里香の写真を飾った。
でも、淋しさは増える一方だった。

里香に会いたい、また話したい、また触れたい、いつの間にかそんな考えが僕の中で大きくなった。

そして、火葬から3日後―ついに僕の淋しさは限界になった。
そうさ、里香に会うなんて簡単な事だ。

ふと、机の上に目をやると本が置いてあった。僕が里香に渡したあの本だ、里香のお母さんが病室に残ってた本の中で唯一僕にくれた物だ。
何故かそれを手に取っていた。
そして、栞が閉じてあることに気付き栞のページを開いた。
汚い字でYと書かれていたページに紙切れが挟まっていた。そこには、こう書かれていた…

―― 世界で一番愛しい君へ、ありがとう裕一、また会おうね。


僕の中で何かが壊れた、涙が溢れてくる、声にならない声が漏れる。
小さな子供の様に泣きじゃくった、里香が死んでから初めて泣いた。

何時間も泣き、ようやく泣き止んだ時、淋しさが消えていた。
死のうなんて考えも消えていた。

そうか…歩いていけばいいんだ…

里香、いつになるかわからないけど一歩ずつ里香の元へ歩いていくから…

――空には半分の月が登っていた。

そう、あの月まで…里香と僕の月まで歩いていってやるさ。

そして着いたら里香とまたいっぱい話すんだ。
星の海を一緒に旅しながら…永遠に…


気が付くと僕は笑っていた。そして、こう呟いた。

「また会おうな、里香」


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