病院のドアを、一段飛ばしで駆け上がる。目的地はもちろん、里香の部屋。
頼まれてた数冊の文庫本を落とさないようにしっかりと抱え、途中看護師さんに「廊下を走るな!」と怒られたりしながらも、足取りは止まることない。
 今日は珍しく、頼まれた本をすべてそろえることができたんだ。もしかしたら褒めてもらえるんじゃないか、なんて淡い期待を抱きながら足を進める。
 ナースステーションの前を過ぎやがて目的の部屋が見えてくる。
部屋の何メートルか前で速度を緩め、二度三度深呼吸。うれしくて走ってきたなんて悟られたくない。我ながらかわいいやつだった。
 呼吸を整え、こき使われて不満だ、と言いたげな表情を作る。よし、とドアに手をかけ、開く。
 ああしまった。ノックを忘れてた。けれどまあ、今日はそれくらい許してくれよ、なんて思いながら、行室へと足を踏み入れ、声をかけようとする。
「おーい、……あ」
 里香、と続けようとするが、僕は目の前で起きている事態に呆気にとられ、声を発することができなかった。
「……え……、ゆ、裕一……っ」
 それは里香も同じだったようで、目をまん丸にして、ぽかんと口を開けて僕を見上げている。
 ああ、里香のこんな表情は珍しいなと思いながら、しかし、もっと珍しいのは今の里香の格好だった。
 見上げてくる、ということは里香は僕の顔よりも低い位置に顔がある、ということで。つまりは、床にしゃがみ込んでいた。それだけなら落し物でも拾いっているのだろうと考えるのだけれど、この場合はそうとは思えなかった。
 ああ待て裕一、これは夢だ、なんて自分を落ちつけてみるけれど、夢なんかじゃないのは自分が一番よくわかっていて。
 まあつまり、里香は下半身に何も身につけていなかった。そして、右手に筒状のトイレットペーパー。股には透明なひねくれた壺のような容器、尿瓶の入り口部分を近づけていて――。
 後ろ手でドアを閉める。ドアを開いてから今までで、本当に数秒だったのだろうけれど、僕にはとてもそうは感じなかった。
 お互いにまだ、事態を飲み込めていない、といった表情で、僕と里香は顔を見つめあわせている。
 今は視線を顔に向けているからはっきりとは見えないけれど、そうなる前にちらっと、でもはっきりと僕は見てしまった。
 この場合、何を、なんて主語を入れるまでもなく。
 ま、まだ生えてなかったのか……。そのせいで、ぴっちりと閉じた、かわいらしい綺麗なたてすじが、しっかりと見えてしまった。目に焼きつく、なんて表現があるけれど、それは本当にあることなんだなあ、ははは……。
「あ……んっ、や……裕一、見ないでっ」
 数秒間続いた沈黙を破ったのは、里香の方だった。
そう言って顔を伏せた里香につられて、僕の視線も自然と里香の下半身へと移る。
 里香のたてすじから、ちょろちょろと、液体が流れ出る。やがて少しずつ勢いは増していき、プラスチックの尿瓶に鈍い音を響かせるようになる。
「え……、あ……?」
 情けない声をあげてしまう。
 女の子の裸なら、小さいころに見たことはあったけれど、お、おしっこをする姿を見るなんて、もちろん初めてだ。
尿瓶に、薄黄色の里香のおしっこが溜まっていく。うわ、少し湯気も立ってるぞ……。
 里香はというと、何も言わず、今まで見た中で一番の真っ赤な顔になってうつむいていた。
あ、やばい、すっげえ可愛い……。
 結構我慢していたようで、里香のおしっこの勢いは弱まろうとはしなかった。
僕も里香も動くことができず、尿瓶を通して響く水音だけが部屋に響いていた。
 永遠と思えた、なんて表現があるが、僕にとってはこの瞬間がまさしく永遠と思えた。
 そんな時間も終わりを迎え、やがておしっこの勢いも弱まってくる。
音を立てて水たまりに放たれていたそれは、弱まるにつれてプラスチックの部分に当たるようになり、最後には里香の秘所からぽとぽとと滴っていた。
 里香はまだ赤いままの顔をうつむかせたまま、右手に持っていたトイレットペーパーをいくらか破り取り、自分の股部を拭く。それは尿瓶の中へ。そして立ち上がりながらベッドの上に置いてある下着とパジャマのところへ。
移動している間、かわいいお尻がばっちり見えていた。
 トイレットペーパーを一度ベッドに置き、僕に背を向けるようにして下着とパジャマを身につける。そしてもう一度トイレットペーパーを手に取り――いい音を立て、僕の顔にそれが当たる。
「出ていって」
 怒ってるとか、そんなレベルの表情ではなかった。
張り詰めてるとか、そんな表現で事足りるような空気ではなかった。
だから僕は、
「ご、ごめん……」
謝ることしかできなかった。
「あ、あの、頼まれてた……「出て行って」」
 頼まれていた本を見せて、なんとか会話しようとするが、それもできず。
仕方がないので、僕はのこのこと廊下へ退散することにした。
自分の部屋に戻りながら、考える。
 とりあえず、少し時間がたったら里香に謝りに行こう。
……許してもらえるかなあ。さすがに今回は厳しいかもしれない。
うっかり着替えを覗いてしまったことが前にあったが、その時とは訳が違うだろう。
 なんてってたってあんな……、うう、思い出したら興奮してきたぞ……。
ああ、外目でもわかるくらいに自分のモノが元気になっているのがわかる。
とりあえず今は、部屋まで誰にも見つからずに戻ることが最優先だった……。


後日談と言うか、その後の一コマ。
なけなしの小遣いからみかんひと箱、一週間無条件で里香の言うことに従う等々の条件でなんとか和解することはできた。
「裕一、みかんの皮むいて」
「はいはい」
「裕一、本とって」
「はいはい」
「裕一、面白い顔してみて」
「はいは……できるか!」
そんなこんなで、いつかは大切になる今日を、僕たちは過ごしていた



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